「BREITLING DC-3 JAPAN TOUR」
★JAPAN TOUR in KUMAMOTO
 世界一周飛行中のブライトリングDC-3は、シンガポールでおよそ3週間のメインテナンスを終えて、4月21日にシンガポール~コタキナバル(マレーシア)で、歴史的飛行を再開した。クルーはフランシスコ・アグーロ機長、パイロット兼メカニックのポール・ベイズレー氏、撮影担当のダニエル・メイヤー氏(以下敬称略)。その後ラオアグ(フィリピン)、マカオを経由して4月25日に台北(台湾)に到着した。台湾西海岸沖で、中華民国空軍のF-CK-1チンクオ(経国)3機が、フレンドリー・インターセプトでDC-3を歓迎してくれた。当初は上海訪問も予定されていたが現地の受け入れ態勢が整わず、上海はスキップして、マカオ~台北~鹿児島(補助燃料タンクの取り外し、整備作業)と寄港して、ジャパンツアー「みんなで大空を見上げよう!」プロジェクトが、公式にスタートする熊本を目指した。
 4月29日午後、ブライトリングDC-3は熊本空港に着陸した。僕にとっては3月9日以来に観るDC-3の機影だ。まず熊本空港のターミナル・スポットで、CIQの手続き。これに1時間弱かかった。なかなか僕たちが待つ、空港に隣接した崇城大学空港キャンパスのランプまでやって来ない。早く近くでDC-3を観たいと、歓迎陣もスタッフも落ち着かない。15時過ぎ、やっとターミナルビル前からタキシングしてDC-3がやって来た。フランシスコとポールが、コクピットから手を振ってスポットイン。オフィシャルカメラマンの徳永克彦さん、オフィシャルレポーターでキャビンクルー(セイフティスーパーバイザー)も務める志太みちるさんも同乗してきた。みんなとも3月のジュネーブ以来の再会だ。
 益城町立広安西小学校の吹奏楽部の児童による演奏で、歓迎セレモニーがスタート。演奏曲は世界一周飛行中のDC-3に敬意を表して「アラウンド・ザ・ワールド」、そして地元出身の水前寺清子さんの「365歩のマーチ」だった。児童代表の素晴らしい歓迎スピーチがあり、クルーへの花束贈呈。それに応えて、フランシスコ機長からDC-3の写真額が贈られた。

崇城大学空港キャンパスにランプインするDC-3 益城町立広安西小学校吹奏楽部による歓迎演奏
フランシスコ・アグーロ機長から記念の写真額を贈呈 クルーと吹奏楽部の児童との記念撮影
 16時過ぎからフランシスコ・アグーロ機長の記者会見。世界一周飛行という冒険への抱負と、ブライトリングDC-3について語った。世界一周飛行の中でも、このジャパンツアーが最も重要と強調する。ジャパンツアーのオフィシャル訪問地は、熊本、神戸、福島。いずれも震災を経験し、まだまだ復興途上にある地だ。熊本地震はつい去年のことだった。震災の被災地を訪問して、地元の皆さんにDC-3を、大空を見上げてもらうことで、明日への勇気、未来への希望を培ってほしいという、「みんなで大空を見上げよう!」プロジェクトが、DC-3ジャパンツアーの核なのだ。東日本大震災で被災した福島への、2013年のブライトリング・ジェットチームの慰問飛行に続く、ブライトリング・ジャパンの「みんなで大空を見上げよう!」プロジェクトだ。
 夜は肥後牛のしゃぶしゃぶ、すき焼きと馬刺しで、クルーの歓迎夕食会。

 
搭乗ステップ前で子供たちを迎えるフライトクルー 体験飛行を終えてクルーと記念撮影 
 4月30日から公式スケジュールがスタートした。僕の仕事もこの日から始まった。8時過ぎにクルーと共に崇城大学空港キャンパスへ向かう。9時から、パッセンジャーフライトの乗客にレクチュア。レクチャラー(解説者)というのが、ジャパンツアーでの僕の役割だ。まず午前の2回のフライトに搭乗する益城町の児童に、DC-3という飛行機の歴史的な位置づけ、ブライトリングDC-3の世界一周飛行について解説する。搭乗できるのは、各フライトに14名のみ。キャビンの中央を補助燃料タンクのためのスペースにしているので、14席しかないのだ(本来は30席仕様)。益城町の新5・6年生を対象に事前に募集し、抽選に当選した児童だけが招待された。世界一周飛行の中でも、子供たちが体験飛行に招待されるのは、ジャパンツアーだけだ。パッセンジャーフライトでは、阿蘇山上空と熊本市内上空を飛行。約30分間の飛行を終え、子供たちは興奮しながら降りてきた。口々に空からの景観や、珍しい飛行体験を語ってくれた。
 12時半頃から2回目のレクチュア。レクチュアは毎回30分。この日3回目のパッセンジャーフライトの乗客は、ブライトリング時計のオーナーたちだ。ブライトリング・ジャパンのお得意様。ブライトリングのオーナーには、飛行機ファンが多いから搭乗希望者が多く、厳しい抽選だったそうだ。搭乗券はまさにプラチナチケットだ。大人が相手だから、機体や飛行の解説に加えて、このDC-3には500個のナビタイマーが搭載されていることを強調する。この記念モデルの時計は、世界一周飛行終了後に発売される。日本にはわずかに50個が輸入される予定という。ジャパンツアーのイベントに参加した顧客は、購入の事前予約ができることも、忘れずに伝える(解説だけではなくPRもレクチャラーの役目?)。
 大人の体験搭乗のリアクションは、子供たちとはまた違ったものだった。DC-3で飛べたことをもちろん喜んでいたが、被災の爪痕がまだ残る故郷を上空から眺めることで、様々な想いが去来したようだ。親戚や友人が被災したり、亡くなった経験を持つ人も少なくなかったのだ。追悼のフライトでもあった。
 午後のレクチュアの対象は、残念ながらパッセンジャーフライトの抽選に漏れた人たち。まず機内見学ツアー参加の益城町の小学生。飛行はないけれど、コクピットを見学しキャビンのシートに座れる。記念撮影もある。これだけの体験でも喜んでくれた。夕方には、所定の撮影エリアからDC-3を眺め、撮影するだけのツアー。クラブ・ブライトリングのメンバーを対象に、事前申し込みで招待された、ブライトリングファン、飛行機ファンの皆さん。その数100人以上。
 夜は、イベント初日の成功を祝って、クルー、スタッフ全員で、熊本城の夜景が見えるホテルのレストランで大夕食会。

ブライトリングDC-3のコクピット ブライトリングDC-3のキャビン(前方座席8席)
 5月1日にはメディアフライトが行なわれた。8時過ぎクルーと共に空港へ。地元を中心としたメディアの皆さんにレクチュア。10時過ぎから1回目のメディアフライト。11時過ぎから2回目のフライト。このメディアフライトには、僕も同乗した。飛行ルートは、パッセンジャーフライトと同じく、阿蘇エリアと熊本市街地エリア上空。徳永さんが乗る空撮用のカメラプレーンも飛ぶ。昨日フライトクルーと、空撮の入念な打合せをしていた。空港近くから阿蘇へ向かうエリアには、まだブルーシートが目立つ。まだまだ復興の途上なのだ。阿蘇パノラマライン、草千里、烏帽子岳と、阿蘇エリアの景色を楽しむ。噴煙を上げるお釜の写真も撮れた。DC-3は低速度で低空を飛ぶ。おまけにウッドフレームがついたキャビンの窓が比較的に大きいので、遊覧飛行には向いている。
 阿蘇エリアから熊本市街地へ、DC-3の飛行は順調だ。市街地で最も印象的だったのが、やはり空から観る熊本城だ。痛々しいほど被災している。大型のクレーンで、復旧のための工事が行なわれていた。来週には熊本城は工事用のシート等で全体が覆われるとのことで、崩れた石垣や破壊された天守などを、そのままの姿で観ることができるのは最後のチャンスだったのだ。復興工事が終わるのは、20年後とも言われている。熊本城を2度周回する間に、想いを込めてその姿をたくさんカメラに収めた。
徳永克彦氏撮影の、阿蘇の火口上空を飛ぶブライトリングDC-3 DC-3から観た熊本城