第1回「斎藤茂太賞」授賞式を開く!

 一般社団法人日本旅行作家協会(会長/下重暁子・会員数約250人)は、創立会長の故・斎藤茂太氏(作家・精神科医)の功績をたたえ、またその志を引き継ぐため、旅にかかわる優れた著作を表彰する「斎藤茂太賞」を創設しました。
 2015年に出版された紀行・旅行記、旅に関するエッセイ及びノンフィクション作品を対象とし、会員による数次の選考を経て、去る2016年6月8日(水)、下重暁子(作家)、椎名誠(作家)、芦原伸(紀行作家・SINRA編集長)、種村国夫(イラストレーター・エッセイスト)の4氏によって最終選考が行われ、同賞および特別賞の2作品が選ばれました。そして、7月28日(木)18:30より、目黒雅叙園にて授賞式が開かれました。
下重暁子会長の挨拶で授賞式が始まった。   斎藤茂太創立会長のご長男斎藤茂一氏が挨拶。「父が逝って10年、生きていれば100歳になるこの年に、賞を創設していただきありがたい」
星野保氏に下重会長より第1回斎藤茂太賞が贈られた。  田中真知氏に小谷副会長より特別賞を贈る。
◆椎名誠氏(選考委員代表)の選評

 この賞が創設されたのはすばらしいことだと思います。むしろ、これまでなかったのが不思議なくらいで、必要な賞だと思います。
 受賞作『菌世界紀行』は、ユーモアのある作品。題名がいい。学者がこんなおもしろいものを書くのかという驚きがありました。著者は幅の広い奥の深い許容量をもっており、その中で専門分野を楽しく転がしているという印象を受けました。それが、門外漢でもおもしろく読める作品になった要因だと思います。
 『たまたまザイール、またコンゴ』は、古典的な紀行文のスタイルでありながら、なかなか行けない場所で翻弄され、艱難辛苦を味わう旅の様子を、おもしろく伝える力作だということで、特別賞に推しました。
 すばらしい作品が出そろいましたので、この賞は今後も毎年続けていって、旅好きな人たちに注目され、これに挑戦しようという人たちが増える賞に成長していけばいいなと思います。
正賞の「翼果のトロフィー」を手にする星野氏と制作者の鮫島貴子氏 副賞のホンダスーパーカブ50にまたがってご満悦の星野氏

授賞式のあとの懇親会は、兼高かおる名誉会長の乾杯の発声で始まった。
 副賞はこのほか、星野氏に太平洋フェリー株式会社よりフェリーペア乗船券、郵船クルーズ株式会社より「飛鳥Ⅱ」クルーズペア乗船券が、田中真知氏に商船三井客船株式会社より「にっぽん丸」クルーズペア乗船券が贈られました。また、懇親会にはサントリーホールディングス株式会社より、ビール、ワイン、ウイスキーが提供されました。協賛企業各社のご協力に心より感謝いたします。
▼授賞式のもようは動画で見ることができます。
 
 
◇「斎藤茂太賞」受賞作
『菌世界紀行――誰も知らないきのこを追って』(岩波書店)
 星野 保:著
北極、南極、そしてシベリア。大の男が這いつくばって、世界中の寒冷地にきのこを探す。大型動物との遭遇、酔っぱらいとの遭遇、泥酔、泥酔、そして拘束。幾多の歎難辛苦の果てに、菌たちとの感動の対面はかなうのか…!? 雪や氷の下でしたたかに生きる菌たちの生態とともに綴る、爆笑・苦笑・失笑必至のとっておき“菌道中”。(「BOOK」データベースより)
 
◇特別賞
『たまたまザイール、またコンゴ』(偕成社)
 田中真知:著
 アフリカ最奥部のジャングルを流れるコンゴ河。著者は21年の時を隔てて2度にわたり、この大河を下る長い旅に出た。予測不能で、矛盾と不条理だらけの道程に怒ったり笑ったりしながら「人間が生きるということ」を否応なしに考えた、過酷にして愉快な旅の記録。クスリと笑ってしまうびっくりエピソードから、コンゴの歴史や紛争についての考察など、硬軟とりまぜた充実の内容。(Amazon「内容紹介より」)


 
 選評

下重 暁子
作家
日本旅行作家協会会長
 『菌世界紀行』は茂太賞にふさわしくユニークな作品だった。なにしろ菌(雪腐病菌)を求めて、北極から南極まで旅するというこの上ないユニークな視点にとりこになった。作者の星野保さんは、一般的にマイナーな学者だが、こんなに豊かな想像力の持主とユーモアあふれる精神に脱帽である。菌という一見私達と縁遠そうなものが支えている世界、一つの小さな生き物に焦点をあてることで、目の前が開けてくる。こういう旅をしたい。旅の視点を変える作品である。斎藤さんも又精神科医で、ダジャレの大好きなユニークな自分旅を実践した方だ。
 『たまたまザイール、またコンゴ』は、ごく当たり前の気どらぬ旅行記の中に、意外性と感動がある。それはひとえに作者の田中真知さんがわくわくしながら、二度も困難な旅に挑戦するところにある。
 そう、旅は挑戦だ。『The Songlines』は、その挑戦に作為性を感じさせる位にうまく構成されている。特にコンドルとシャーマンに関するあたり、竹沢うるまさんがカメラマンという玄人であると思わせる。
 『唄めぐり』の石田千さんは、文章はもともとうまいが、雑誌連載がそのまま本になっており少々読みづらい。一冊になるときにもう一度構成しなおして欲しかった。


椎名 誠
作家
日本旅行作家協会名誉会員
 系統としては『The Songlines』と『たまたまザイールまたコンゴ』の二作は旅本の黄金筋、つまりはストライクゾーンをいく安心して読める構造になっていて、それぞれ驚嘆したり気持ちをのけぞらせたりして楽しんだ。これまでこうした王道を行く本はどのくらい世に出たであろうか。内外含めてそれらをどのくらいぼくは読んできただろうか。この二冊はそうした自分の旅の経歴や読書してきた本の系譜を改めて思い起こさせる新しい起爆力にあふれていた。両者の違いをあえて言うとすれば、竹沢さんの本はどこで何が起こるかわからない破天荒な原野を進みながら、その都度内向していくという対抗する面白さに満ちていた。田中さんのこのなかなかにぎやかなタイトルの本は、楽しさと驚きの連続だった。これまで世界のいろんなところを旅してきたが、この本を読んでぼくの行っていないコンゴに思い切って行ってみたいような、もうぼくとしてはごめんと言いたいような不思議な魅力とユーワクに満ちていた。
 石田千『唄めぐり』はまず文章が抜群にうまい。そして恐らく初めての試みによる優れた紀行と思う。長い時間をかけ丁寧に取材し、その周辺の人々の話をわかりやすく集約し、日本を民謡などから改めて鋭く見直す柔らかい力に満ちている。これは資料としても長く歴史に残る一冊となるだろう。
 受賞した『菌世界紀行』は一瞥した段階で意表を突き、すさまじい魅力のオーラを放っていた。あまりにその世界に入り込み詳しく知りすぎてしまったので、本になるとなかなか読みにくいというのが学者・研究者の書いた本。しかし本書は画期的にわかりやすく、しかも相当に奥の深いユーモアに満ちている。タイトルからしてユーワク的ではないか。そんな世界に行ってみたいとは思わないし行けない。その意味では誠に不思議な紀行本であるが、今回のこの待ちに待った旅本の賞に、この新しい視点から取り組んできた息吹は驚嘆、称賛すべきものだろう。行きたくても行けない(行きたくない)旅もこの世界にはあるのだということをかなり質のいい笑いの中で私たちに教えてくれた。


芦原 伸
紀行作家
「SINRA」編集長
日本旅行作家協会常務理事
 旅を書くことは、結局は人生を書くことだ。そういう意味で、紀行文とは見知らぬ土地を訪れながらの「自分探し」といえるだろう。ただ「行ってきました」という報告や記録では面白くない。体験を自己の人生観を通して、いかに物語るか、伝えられるか、が紀行文学の重要な評価のポイントになる。今回最終候補として選ばれた4作品は、いずれも旅行記、体験記の域を脱しており、立ち位置、視線が明確であり、優れた紀行作品だと思う。
 『唄めぐり』(石田千)は日本人の心の原点である民謡を各地に訪ね歩き、その歌の底辺に流れる民の心を浮かび上がらせた。ただ連載作品であるためか、人々との出会いや文章の流れがいささか単調になっているのは否めない。表現力、文章力は抜群で、確かな筆力に恵まれている作家なので、このシリーズをいわば材料として、「日本人にとって風のような、波のような、光のような民謡の力」を大きな背骨として浮かび上がらせることができれば、受賞は間違いなかっただろうと残念に思う。
 『たまたまザイール、またコンゴ』(田中真知)は一度夫婦で探検旅行したザイールをコンゴとなった21年後に再訪するという体験だが、アフリカのジャングルを流れる大河を舞台に、旅の困難さや冒険心がよく描かれて共感した。「アフリカの水を飲んだものは、必ずまた帰ってくる」という諺があるが、著者もアフリカの魅力に取り憑かれた一人なのだろう。残念なのは、せっかく夫婦の旅なのだから、妻側の心境や生の言葉が欲しかった。マラリアに罹ったり、燻製の猿を目の前にしたり、女性としては限界を超えている。さりげなくて、また濃密な夫婦の絆が描かれたら、より深い、豊饒な作品になっただろう。
 『The Songlines』(竹沢うるま)は1021日、103ヵ国という地球規模の体験紀行で、文明の薄い辺境で、極限に立ち向かう若者の勇気と純心な自己反省が読む者に深い感動を伝える。ペルーのアマゾン奥地での幻想的な霊体験、アフリカ・マリのドゴン族との出会いなどが衝撃的に語られるが、ただタイトルにもなっている「ソングライン」という人類の歌のつながりが作品の太い幹となっていないのが残念だった。
 『菌世界紀行』(星野保)は雪腐病菌という誰も知らない菌を科学者として追いかけ、這いつくばる姿におかしさを感じた。研究論文は骨しかないが、それを自らの血肉を晒して紀行という文学作品に仕立て上げたのが新鮮だった。奇想天外というべきか、その発想のユニークさと、気取らない平明な書きっぷりが“新時代の紀行作家の発掘”という本賞の意図に合致した。履歴を見ると、いくつもの研究所や大学を経巡っているが、著者があたかも生きた菌そのもののようでいて、居心地の良い住み場所を転々としている。そんなユーモラスな人柄がしのばれて好感がもてた。
学者よりも作家の道を歩んで欲しい、と思う。


種村国夫
イラストレーター・エッセイスト
日本旅行作家協会常任理事
 今年は長年に渡り、日本旅行作家協会の会長を務められた、斎藤茂太氏の没後10周年に当たることから、氏の業績を記念して「斎藤茂太賞」(通称「モタ賞」)を立ち上げ、JTWOの年間メイン行事に決定し、実現の運びとなったのだが、昨年度に出版された約100冊の候補本から、半年をかけて準備会有志20名で読み込み、読み直しを行い、約30冊に絞り込み、尚且つ『The Songlines』(竹沢うるま)、『唄めぐり』(石田千)、『たまたまザイール、またコンゴ』(田中真知)の3冊に絞り上げ、この3冊の中から決定作品を抽出しようとしたまさにそのとき、イチローの内野安打のようにスベリ込みセーフで飛び込んできた作品『菌世界紀行』(星野保)が加わって、最終的に4作品の中から大賞作品を選び出す運びとなった。去る6月8日に行われた最終審査会では、あれよあれよという間にこのスベリ込み作品が大賞に決定したのには、何か運命的な出会いの予感を感じずにはいられなかった。やがてこの作家は、斎藤茂太賞をきっかけに大成し、紀州の哲人・南方熊楠の再来と呼ばれるような大人物になる人ではないのか!と思い、それならば我ら斎藤茂太賞選考委員はとんでもない人物を発掘したのではないだろうかと、今私は慄いている。

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