第2回「斎藤茂太賞」授賞式を開く!

 一般社団法人日本旅行作家協会(会長/下重暁子・会員数約230人)は、創立会長の故・斎藤茂太氏(作家・精神科医)の功績をたたえ、またその志を引き継ぐため、氏の生誕100年、没後10年にあたる2016年、旅にかかわる優れた著作を表彰する「斎藤茂太賞」を創設しました。
 第2回の今年は、2016年に出版された紀行・旅行記、旅に関するエッセイ及びノンフィクション作品を対象とし、会員による数次の選考を経て、去る2017年5月29日(月)、下重暁子(作家)、椎名誠(作家)、芦原伸(紀行作家・SINRA統括編集長)、種村国夫(イラストレーター・エッセイスト)の4氏によって最終選考が行われ、同賞および審査員特別賞の2作品が選ばれました。そして、7月26日(水)18:30より、日本プレスセンター内のレストランアラスカにて授賞式が開かれました。(写真:戸川覚)
 下重暁子会長の挨拶で授賞式が始まった。 

斎藤茂太氏の長男、茂一氏の挨拶
 
審査員を代表して椎名誠氏が講評を述べた。

第2回斎藤茂太賞受賞者の今尾恵介氏
   
審査員特別賞の村上大輔氏 
正賞の盾 今尾氏には賞金30万円と、副賞としてホンダのスーパーカブが贈られた。

 副賞としてこのほか、今尾氏にスタークルーズ日本オフィスよりクルーズペア乗船券が、村上氏には太平洋フェリー株式会社よりフェリーペア乗船券が贈られました。協賛企業各社のご協力に心より感謝いたします。
 
◇第2回「斎藤茂太賞」受賞作
 今尾 恵介:著
『地図マニア 空想の旅』(集英社インターナショナル
地図には手に持って土地を歩くという実用的役割と、その土地の昔の地形や地名などを調べるための資料的役割がある。世に出回っている「地図本」の多くは後者であり、地名や地形、土地の歴史などを地図から読み取って記述するものである。だが、地図研究家が地図から読み取るものはそうした情報だけではない。地図の中でも特に「地形図」は高度に記号化された存在で、熟練した読み手の脳内には鮮明な風景イメージが浮かび上がる。地図を見ながら同時に空想で旅ができてしまうのだ。
◇第2回「斎藤茂太賞」審査員特別賞
 村上大輔:著
『チベット 聖地の路地裏――八年のラサ滞在記』(法藏館)
著者は中国チベット自治区・ラサに住み、人類学者としてチベット各地にフィールドワークの研究旅行を続けていた。2008年、中国に対する抗議デモと暴動が起こる。当局による弾圧が強まる中で、聖地ラサの人々は何を考えてきたのか。報道されないラサの現状を、現地の人に最大限の配慮をしながら、リアルタイムでブログや新聞記事として公表してきたものを1冊にまとめた。チベットの民俗信仰や人々の精神性にできるだけリアルに近づこうとした労作である。
 選評

下重 暁子
作家
日本旅行作家協会会長
ほんとうの意味の自分の旅を描いた作品が出てきた

 かつてNHKの名古屋に転勤し、独身寮に住んだことがある。隣の部屋には慶応大学出の地図マニアがいた。彼はジャズや都市の地図に“オタク”といえるほどのマニアで、行ったことがないのにパリの地図を空んじていた。どの通りの何の店の横を曲がると、どこへ出る。思いがけない地点からのセーヌ川を教えてももらった。
 行ったことがないからこそ、地図から様々な想像力が湧く。私はその話を聞くのが大好きだった。一滴も酒は飲めないのに、いつも酔っぱらっているような独特な口調で、番組を作らせれば誰も考えつかない発想をした。
『地図マニア 空想の旅』を読んで、ガンで亡くなった彼のことを思い出した。まさに地図は空想の宝庫である。しかもそれが全て事実にもとづいて描かれた印であるだけに説得力は大きい。その印と文字を見れば、そこでかつて何が起き、どんな土地なのかがわかってしまう。「蛇の口」とあれば、そこは水が龍のように流れ落ちる水害の起きやすい地だとわかる。東京・赤坂の溜池はかつて溜池があって、四方の坂から水が入りこんで溜池となった場所なのだ。
 人智を尽くし、名前を考え、計画的に木を植え森を作り、郵便局や銀行のありかを示し、交通信号さえ加えて、人々の生活が一目でわかるようになっていた。
 地図には夢がつまっている。それをながめているだけで、心の奥がわくわくし、まだ見ぬ土地があたかも体験したかのように動き出す。これこそ自分の旅だ。
 旅が他人のものになって久しい。商売上の観光用の他人の旅などもういらない。私は私の旅を見つけたいのだ。そのためのヒントがこんな身近にあったとは。
 それでいて災害や土地の性格を知るという実利もある。
 斎藤茂太賞第二回になってほんとうの意味の自分の旅を描いた作品が出てきた。茂太先生もユニークな彼にしかない旅を待っていた。
 旅を効率のみで考えることは旅の堕落である。堕落していく旅を少しでもくいとめて個人のものに戻したい……、それが斎藤茂太賞の目ざす所だと私は信じている。
 その意味で『地図マニア 空想の旅』はふさわしく、『チベット 聖地の路地裏』にもその人にしかない執拗さがあった。


椎名 誠
作家
日本旅行作家協会名誉会員
異種格闘技みたいだった

 2回目の選考会。前回も感じたが、旅とはどういう規範で区分すればいいのだろうか。今回の候補作もそれぞれ興味深く、そして面白く読んだが、スポーツに例えればバドミントンと100メートル走と高飛び込みの優劣を競うようなところがあって、論議しているうちにそのへんの枠組みがわからなくなってくる。
 今回の受賞作は、意表をついて、古地図をもとに時空を超えた旅を詳細に案内してくれるという趣向で、面白く読んだが、現在をよく知る国内編と、まだ自分が行ったことのない外国編では、へんな言い方だが、「読む身の入れ方」がまるで異なってしまい、そこがいささか残念だった。
 他の数編は、旅というよりも冒険譚や、へたをすると命を落としかねないサバイバル体験記などで、あれもこれも同列な「旅」としてとらえるには少々無理があるように思った。面白さという点では、そうした命がけの旅の記録に票を差し上げたいのだが、そうした極端にテーマや内容の異なった候補作の中では、落ち着いた筆致で単なる物見遊山の記録とは重さを違えた『チベット 聖地の路地裏――八年のラサ滞在記』に読みごたえを感じた。


芦原 伸
紀行作家
「SINRA」統括編集長
日本旅行作家協会専務理事
活動・記録とは一線を画す選考の方向性を確認

 最終候補作品はユニークで優秀な5作品が出揃ったが、今回は選出にあたり、本賞の枠組みを定めたことに意義があった。つまり、本賞を本来の紀行文、ノンフィクションなどの文学作品と定めるか、あるいはそれを超えて、作者の活動記録や人間性そのものの評価を重視するか、という点である。
 旅は未知への探求であり、非日常性を求める行為である。その究極は冒険であり、サバイバルとなるだろう。そういう意味で冒険の極致は南谷真鈴『冒険の書』であり、サバイバルの極致は宮城公博『外道クライマー』となる。両作品はともに行為としては抜きん出ており、とくに南谷の19歳で世界七大大陸最高峰踏破という記録は世界をも驚愕させた。一方、タイの未踏のミャンマーの滝に挑んだ46日間の記録は巨蛇を捕えて食したり、サソリや肉食獣の恐怖におののいたり、まさに命知らずの大スぺクタルで、あたかも冒険映画を地でゆくような迫力があった。「進めば進むほど、沢ヤとして、獣として、研ぎ澄まされていくのを感じる」という宮城の言葉には鬼気迫る挑戦意欲が感じられた。
 ヨシダ・ナギの『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』も“アフリカ人の太陽のような笑顔”に出会いたいと、パンツまで脱いで裸になり、現地の女性に受け入れられるという奇談には思わず笑ってしまった。改めて現代女性の剛胆さ、大和撫子の底力を感じて痛快であった。欧米人には想像できないコミュニケーション法だろう。
 そこで本論に立ち返ると、本賞の意義は、あくまで旅の文化の表現である、という枠を設けることで、活動・記録とは一線を画す選考の方向性を確認した。
 今尾恵介『地図マニア 空想の旅』は、地形図を読み解くというアナログな行為が歴史的な風土や未来の風景をも可視できる、という画期的な発想を展開した意味で評価できた。デジタル上の地図では、土地の利用状況を示す植生記号や起伏を表わす等高線がない。つまり“土地の風貌”を知り得る手がかりがないのだ。
本書は地形図をめぐっての鋭い思索があり、資料の渉猟があり、著者自身の経験があり、ノンフィクションの基本を踏まえた上質な作品に仕上がっている。現代の旅をもう一度見直す意味において大変興味深く、本賞にふさわしい作品であると思う。
 村上大輔『チベット 聖地の路地裏』は、人類学者の穏やかな視線によって、天空の大地・チベット、ラサの市井の暮らしが鮮やかに浮かび上がる。かつて山口昌男や西江雅之がその道を開いたが、今後の著者のさらなる活動に期待したいと思う。


種村国夫
イラストレーター・エッセイスト
日本旅行作家協会常任理事
『冒険の書』に神の領域を感じた

 今年の「斎藤茂太賞」の最終候補作の5冊を読み終えたとき、私は南谷真鈴さんの『冒険の書』を第一候補にしようと心に決めた。13歳から登山を始め、弱冠21歳までに世界7大大陸の最高峰を全て踏破するセブンサミッツを成功させたばかりでなく、探検家グランドスラムと言われる南極点と北極点も踏破する快挙を成し遂げた少女に、神の領域を感じたからだ。ピーンと来たのは実は私にも神の領域を感じたことがあるからである。私は昭和20年、長崎の2キロ以内で原爆の直撃を受け、多くの人々が即死した中で、坂本龍馬が作った亀山社中の寺の分厚い山門の下で寝かされていたお陰で助かり、その3年後に起きた長崎の大火の時も、誰か知らない神のような力強い人に、再び同じ山門の下に運ばれて助かり、東名高速道路始まって以来最大の連続交通事故に巻き込まれた時も、ペチャンコになった車の中から奇跡的に助かったことで、否応なく「私にはまだこの世に生きてやることがあるのだ!」と認識したことが今もって、私を生きることに繋げてくれている。
 きっと真鈴さんも神に導かれながら、これから輝かしい未来を切り開いて行くだろうと思う。今の若者たちはあまり海外に行きたがらず、車の免許すら取りたがらず、俯いてチッポケなスマホに没頭して慎ましく生きている。その若者たちに冒険心やチャレンジ魂を忘れず、一歩を踏み出す勇気を持って欲しいと常々思っていたが、真鈴さんの存在はきっと多くの若者を引き付けるに違いない。残念ながら第2回「斎藤茂太賞」では受賞には至らなかったが、これからもその美しい笑顔で大活躍されることを祈っている。
 さて、「斎藤茂太賞」の選考だが、2016年度は地図ブームらしく、TV界では「ブラ・タモリ」が大人気、「斎藤茂太賞」でも5万分の1地図上で自在に心の旅をする、今尾恵介さんの『地図マニア 空想の旅』を最終的に第2回大賞に決定した。5万分の1地図の記号を覚えるだけで、立体的に世界中を旅することのできるこの書は、高齢化社会に突き進む日本の体の不自由な老人たちに、世界中、何時でも何処でも旅立てる、希望を叶える名著として永く讃えられるに違いない。

[斎藤茂太プロフィール]
精神医学者として多大な社会貢献をしたほか、趣味の飛行機、汽車、船などの乗りもの愛好家としても知られ、生涯にわたって旅を続け、長らく日本旅行作家協会の創立会長をつとめてきた。
1916(大正5)年3月21日、歌人の斎藤茂吉の長男として東京に生まれる。作家の北杜夫は弟、“窓際OL”の斎藤由香は姪にあたる。明治大学文学部を経て、旧制昭和医学専門学校(現在の昭和大学)を卒業。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて医学博士号を取得する。精神科医として斎藤病院を経営する傍ら、飛行機、鉄道好きで知られ、作家の阿川弘之とともに“乗り物狂”を自称する。
1973(昭和48)年に日本旅行作家協会が結成されると、初代会長となり、地球規模の旅にいそしむ。長身で、恰幅よく、パーティー作法に長け、日本人でタキシードが一番似合う紳士として世界各国との親善に努めた。ほかに日本精神病院協会会長、アルコール健康医学協会会長、日本ペンクラブ理事などを歴任した。
著作は「茂吉の体臭」(岩波書店)、「モタさんの“言葉”」(講談社)、「精神科の待合室」(中央公論社)、「モタさんのヒコーキ談義」(旺文社)、「モタさんの世界のりもの狂走曲」(角川学芸出版)など多数。2006(平成18)年11月20日逝去。2016年は生誕100年、没後10年の節目の年にあたる。

第1回(2016年)の受賞作品および授賞式のもようはこちら 

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