第7回「斎藤茂太賞」授賞式を開く!

 一般社団法人日本旅行作家協会(会長/下重暁子・会員数約180人)は、創立会長の故・斎藤茂太氏(作家・精神科医)の功績をたたえ、またその志を引き継ぐため、氏の生誕100年、没後10年にあたる2016年、旅にかかわる優れた著作を表彰する「斎藤茂太賞」を創設しました。
 第7回の今年は、2021年に出版された紀行・旅行記、旅に関するエッセイ及びノンフィクション作品を対象とし、会員による数次の選考を経て、去る2022年6月16日、下重暁子(作家)、椎名誠(作家)、大岡玲(作家)、芦原伸(紀行作家・元SINRA編集長)、種村国夫(イラストレーター・エッセイスト)の5氏によって最終選考が行われ、佐藤ジョアナ玲子著の『ホームレス女子大生 川を下る in ミシシッピ川』(報知新聞社)が受賞作に選ばれました。
 そして新型コロナの第7波といわれる爆発的な感染拡大の最中、関係者の努力もあって7月27日に日本プレスセンター内のレストランアラスカで行われた授賞式には、選考委員の5氏をはじめ日本旅行作家協会の会員約40名が集まり、著者の佐藤ジョアナ玲子さんを祝福しました。(写真:戸川覚)
 

授賞式に先立って挨拶する下重暁子会長

選評を述べる椎名誠氏

選評を述べる大岡玲氏

受賞の言葉を述べるジョアナさん
 
会場にはドナウ川下りに使った折り畳み式のカヤックを展示

 斎藤茂太賞の正賞は賞状とクリスタルの盾、賞金30万円。今回も、サントリーホールディングス(株)、(株)ウッドワン、日進ホールディングス(株)に協賛いただきました。心より感謝いたします。
 
◇第7回「斎藤茂太賞」受賞作
 佐藤ジョアナ玲子:著
『ホームレス女子大生 川を下る inミシシッピ川』
(報知新聞社)
<著者プロフィール>
 1996年、東京都港区生まれ。日比ハーフ。東京都立工芸高校卒業後、アメリカ・ネブラスカ州の大学に留学し生物学を学ぶ。その後、コロラド州の剥製工房で修行し、2022年2月から5カ月をかけて、ヨーロッパ第2の大河、ドナウ川の川下りに挑戦した。第2作はそのドナウ川下りの記録になる予定で、目下アマゾン川下りも計画中。
<ツイッター> https://twitter.com/Boloron_Tokyo?

 また、斎藤茂太賞受賞作以外の優れた作品を「第4回旅の良書」に選定、授賞式の最後に以下の11冊を発表しました。
<第4回旅の良書>
■『真夏の刺身弁当 旅は道連れ世は情け』沢野ひとし(産業編集センター)
■『80歳、歩いて日本縦断』石川文洋(新日本出版社)
■『世界遺産 キリシタンの里 長崎・天草の信仰史をたずねる』本馬貞夫(九州大学出版会)
■『ぶらりユーラシア 列車を乗り継ぎ大陸横断、72歳ひとり旅』大木茂(現代書館)
■『観光の力 世界から愛される国、カナダ流のおもてなし』半藤将代(日経ナショナルジオグラフィック)
■『花街の引力 東京の三業地、赤線跡を歩く』三浦展(清談社Publico)
■『旅がくれたもの』蔵前仁一(旅行人)
■『ポルトガル、西の果てまで』福間恵子(共和国)
■『JK、インドで常識ぶっ壊される』熊谷はるか(河出書房新社)
■『旅する少年』黒川創(春陽堂書店)
■『戦争とバスタオル』安田浩一・金井真紀(亜紀書房)

 選評 (見出しはいずれも受賞作への評価)
野性味にあふれるたくましい行動力に感嘆

下重 暁子  作家 日本旅行作家協会会長
 最終選考に残った4作品は、いずれも個性的で読みごたえがあった。中でも『ホームレス女子大生 川を下る inミシシッピ川』は、実体験した人でないとわからない、川とその周辺の様子が臨場感たっぷりに書き込まれていて、ぐいぐい引き込まれた。『旅する少年』の黒川創氏は、初めての旅ものだそうだが、さすがに文章もうまく構成も確か。中学生のときにこんな旅をしたことにも驚かされる。ただ、すでに作家としての実績もあるプロの手による、いわば王道すぎる作品であり、むしろインパクトに欠けるように思う。『戦争とバスタオル』は、男女二人の掛け合いやイラストも良い。ただ旅の最初の目的と結果が違ったものになってしまったことに疑問をもった。『JK、インドで常識ぶっ壊される』は、高校生にしてはうまく書けていると思う。豊かな表現力にも驚かされた。惜しむらくは、若さと飛躍だけで書いていて、かみしめていない、消化不良気味なところが気になる。インドへ行くことになったのも、自分が興味をもったからではなく、たまたま父親の転勤によるものだったことも弱点といえる。その点、近い世代でありながら、評価が大きく分かれるのが『ホームレス女子大生 川を下る inミシシッピ川』。川下りは自分の意思でやり始めたことであり、その行動は野性味にあふれ、たくましく、のびのびとしていて、心をわしづかみにされた。本のタイトルがちょっと違う気がするが、他の選考委員もこの作品に第7回斎藤茂太賞を贈ることに異議はなく、最後は満場一致で決まった。
危機対応力が痛快! 新しい書き手の登場が嬉しい

椎名 誠 作家 日本旅行作家協会名誉会員
 今回最終選考に残った4作品はそれぞれ旅の本のジャンルとしては代表的な一角をなすもので読みごたえがあった。
 『戦争とバスタオル』は、その通りの内容で、表紙絵の作風から本文までストレートにこのテーマの旅を追うものだった。イラストレーションと旅の紀行は相性がいいもので、本書でも十分効果的だった。当初予定していたスケールのものが新型コロナの感染拡大による影響を逃れず、スケールや構図が大きく変わってしまったようで、作品的にもそのあたりを感じ、残念ながら物足りなかった。
 『旅する少年』は、ずしりと重いハードカバーに、その重さを象徴するような、かつて日本中を走り回っていた巨大蒸気機関車の写真が掲載され、本文にも都合100点の写真が掲載されている。文章も構成力もまことに秀逸で底力があり、全体を読むとこれぞ旅の黄金街道を行くものだと認識する。問題にしては申し訳ないのだが、しかしなぜ今こういうテーマと方向性を持った作品を論じなければならないのだろうか、という少々の戸惑いがある。そういう意味ではなんでもありと一見思える本賞も、時代の変遷によって大きく動いており、そのへんを論じるのはいささか時間が必要なようだ。
 『JKインドで常識ぶっ壊される』は今申し上げた『旅する少年』とはいろいろな面で対極にあるような作品に思った。現代風の軽い筆致で構成される本書は、少し前の表現ですればトンでいる。タイトルやイラスト、そしてリズムよく語られていく本文まで、まさに新しい旅ものの出現をあらわにしている。いわゆる比較文化を論じるにはインドなどは代表的な対象だろうが、同時にいろいろな角度から語りつくされた世界でもあり、特徴的なのは若い目がそれをとらえ、語っているという点だけなのだろう。
 次の作品『ホームレス女子大生 川を下る inミシシッピ川』とつなげて語ってしまうが、これもニューウェーブとしてはいかにも現代である。アメリカに留学している著者がちょっとした手違いで下宿先に住む権利を失い、仕方ないのでミシシッピ川を下ってみるか、という気ままな旅を綴ったもの。この有名な長大な川を下った記録は本書が初めてだろう。非常に素直な感受性で、旅で出会う様々な出来事にストレートに対応し痛快極まりない。素晴らしい作品が出現してきたものだ。

快活にサバイバルする姿に感動、過去の追憶も沁みる

大岡 玲 作家 東京経済大学教授

 今回の受賞作『ホームレス女子大生川を下る』。生物学を志してアメリカに留学していた大学4年の女性が、資金不足でホームレスになり、テントで暮らすならいっそそのまま川下りの旅にでてしまえ、とミシシッピ川3000キロを折り畳み式のカヤックで下ってしまう。その行動力にまずは唖然とする。そのあと、今度は彼女の自然を愛する心、世界に対峙するまっすぐな姿勢にぐんぐん惹きこまれる。どこまでも快活にサバイバルする姿が素敵である。時折呟くように記される、過去の追憶も沁みる。見事な旅人がここにいる。
 『旅する少年』。1972年、12歳ではじめてのひとり旅に出て以来、著者は3年にわたって日本中を列車で旅した。その克明な記録・記憶をたどったのが本書で、まさに旅行記の王道中の王道だ。緻密な文章で描かれる旅の細部、そしてあの頃の日本とあの頃の人々の姿、そして人情。といって、そこにあるのはノスタルジーだけではない。今の日本の姿がそこに映りこむ。写真もいい。著者がすでに高い評価を得たベテラン作家だという点のみ、今回は不利だった。
 『戦争とバスタオル』。ルポルタージュとしては一級品である。二人の著者がそれぞれの視点で交互に語る趣向も秀逸だ。ただ、日本の過去の加害の歴史を、温泉や銭湯を起点に探る手法については、ちぐはぐな感じがぬぐえず、「旅の本」としては損をした。
 『JK、インドで常識ぶっ壊される』。未知の世界に出会った驚きを、柔らかな感受性と確かな文章力で綴った若々しい秀作である。もしもこんな学生さんが大学のゼミにいてくれたら、間違いなく最高評価をつける。洋々たる前途に期待したい。

 
著者の心の温かさ、まっすぐな視線に感服

芦原 伸 紀行作家 元「SINRA」編集長
      日本旅行作家協会専務理事


 『旅する少年』は鉄道少年の回想の旅行記録。熱に浮かされたように日本全国の鉄道の乗り継ぎを図る。いわば「18キッパー」の元祖だ。少年は鉄道ばかりではなく、やがて地方史、そこに暮らす人々に関心は深まる。本人が撮った写真が多用されており、列車ばかりではなく、そこに人々の暮らしや表情があることに注目したい。日中線や室蘭本線などのラストランでは筆者と評者は同日同年、同じ現場に立っており同族意識を共有している。飾り気のない滑らかな文章、なによりも少年の屈託のない笑顔が感動を呼ぶ。鉄道と少年のテーマは永遠だ。
 『戦争とバスタオル』は意表をつくタイトルで興味がそそられたが、「温泉」と「戦争」の連動に無理があるように感じた。男女二人の温泉好きが互いにそれぞれの感性で現場体験を語るのは、ユニークな構成で微笑ましいが、温泉に浸かる快楽と戦争加害者であった日本という国の時代検証がしっくりしない。かつてローマの時代、温泉は「アジール」(聖域)として戦場から隔離されており、昼間戦った兵士たちは夜には裸になって平和を楽しんだ、というような戦争と温泉の根源的な関係を紐解いてほしかった。
 『JK、インドで常識ぶっ壊される』は女子高校生のインド生活体験記で、14歳の作者が家族とともにインドに暮らす中で経験した“異文化体験”を綴っている。これまでインドものは数多くあるが、そのカルチャーショックをJK(女子校生)の生活の眼で書かれたものは初出ではないか? 文章は滑らかで、文芸的な表現に長けており、高校生ならではの弾けそうな感性がほとばしる。いずれは文壇に登場するだろう、と予感させる作者の才能を感じさせた。
 『ホームレス女子大生 川を下る in ミシシッピ川』はアメリカ留学生がカヤックとテントでミシシッピ川3000㎞をひとりで下る、という冒険紀行だ。家賃が払えずアパートを追い出された。残っているのは10万円しかない! でもアメリカ生活を続けたい。ホームレスとなってしまい思いついたのがホームセンターで3000円で買ったテントを使っての川下りだった。発想もしたたかだが行動もタフだ。川の旅には想定外の危険が待っていることだろう。しかし行動は素早く、軽装備でその危険に軽々と臨んでゆく。以後のさまざまな出来事は本書を読んでいただくことにして、筆者の感情の豊かさ、心の温かさ、モノを見る真っすぐな視線に感服した。本書は文芸作品というよりも体験日記であるが、行間から溢れんばかりに放出される青春の息吹き、さらなる夢ある人生への提案に感動した。それが今回の受賞作として推薦した一番の理由である。
 
開き直った潔さが何よりの魅力

種村 国夫
 イラストレーター エッセイスト
       日本旅行作家協会常任理事
 黒川創さんの『旅する少年』は、12~15歳にかけての中高生時代(少年時代)によくこんなに連続して旅ざんまいできたな~?! という著者自身の少年旅物語だが、昔、僕もよく九州の主として山歩きを連続して行っていたことを思い出した。今でも久住高原の偉大な阿蘇山を望む風景は目をつぶれば生き生きと甦る! 昔の人は子どもに対して「可愛い子には旅をさせよ!」と言ったものだが、旅からの学びは一生を通じての心のエポックになっていることに気がつく人も多いのではないだろうか。ただ黒川創氏は、すでに数多くの文学賞を受賞したプロ作家に大成しているので、受賞作として選出することからは遠慮させていただくことが正解だと考えた。
 安田浩一・金井真紀さんの共著『戦争とバスタオル』は、旅行と風呂の部分は面白いのだが、そこに戦争の話が入ってくると、何の本だかわからなくなってしまう。現在も続行中のロシアのウクライナ侵攻とどこか心情的にクロスして読んでしまう、というところもないわけではないが、今一つしっくりこないというのが偽らざるところである。
 熊谷はるかさんの『JK、インドで常識ぶっ壊される』は、両親のインド転勤生活に従ってJKの年若いお嬢さんが、家族一緒にインド・ニューデリーに引っ越すことになり、強制的に急激インドショックに落ち込む運命になったらどうなるかという物語。インドという異世界のカルチャーショックに振り回される日々が始まる。その変化やあわてふためく様子は面白いが、この物語には旅行の楽しさ、面白さの記述はほとんどない。旅行本とはちょっと方向性が異なるのではないかと思う。
 佐藤ジョアナ玲子さんの『ホームレス女子大生 川を下る inミシシッピ川』は、今年の茂太賞候補で、この本が一番受賞作品としてふさわしいと思った作品。とにかく、文中にぐいぐい引き込まれる面白さと生き方に、開き直った潔さが感じられるのが何よりの魅力。と同時に、この人は女流のカヌーイストかカヤッキーになって、世界中を巡って欲しい!と思わされた。新しいタイプの人物がついに現れたな、というオドロキと、それがまた女流で出現したことにも感動した。カヤックについては、普通の人はほとんど知識がないと思うが、この本を読めば、繊細、デリケートにわかってくる。ミシシッピ川3000キロを下るには、命がけの周到な用意が必要なこと、軽い気分でなど行動できないこともわかってくる。一人新しいタイプの冒険ウーマンが、日本に生まれ出たことを心から喜びたい心境である。

[斎藤茂太プロフィール]
精神医学者として多大な社会貢献をしたほか、趣味の飛行機、汽車、船などの乗りもの愛好家としても知られ、生涯にわたって旅を続け、長らく日本旅行作家協会の創立会長をつとめてきた。
1916(大正5)年3月21日、歌人の斎藤茂吉の長男として東京に生まれる。作家の北杜夫は弟、“窓際OL”の斎藤由香は姪にあたる。明治大学文学部を経て、旧制昭和医学専門学校(現在の昭和大学)を卒業。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて医学博士号を取得する。精神科医として斎藤病院を経営する傍ら、飛行機、鉄道好きで知られ、作家の阿川弘之とともに“乗り物狂”を自称する。
1973(昭和48)年に日本旅行作家協会が結成されると、初代会長となり、地球規模の旅にいそしむ。長身で、恰幅よく、パーティー作法に長け、日本人でタキシードが一番似合う紳士として世界各国との親善に努めた。ほかに日本精神病院協会会長、アルコール健康医学協会会長、日本ペンクラブ理事などを歴任した。
著作は「茂吉の体臭」(岩波書店)、「モタさんの“言葉”」(講談社)、「精神科の待合室」(中央公論社)、「モタさんのヒコーキ談義」(旺文社)、「モタさんの世界のりもの狂走曲」(角川学芸出版)など多数。2006(平成18)年11月20日逝去。2016年は生誕100年、没後10年の節目の年にあたる。

過去の受賞作品および授賞式のもようはこちら
第1回(2016年)  第2回(2017年)  第3回(2018年)  第4回(2019年) 第5回(2020年)
第6回(2021年)

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