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![]() 急勾配で狭い石の階段を降りていきながら、さぞかし不便な暮らしだろうなと想像したが、シャレた造りの木の門扉を開け、石畳のアプローチを通って玄関を入ったとたん、その杞憂は驚きと化した。 そこは洞窟の前に石を積み上げてつくった部屋。20畳以上はあるダイニングキッチンとリビングは、3人家族には十分の広さで、真っ白く塗られた壁と天井が、窓から差し込む自然光を反射してとても明るい。そして、その窓から望むサッシ群と、深い谷を挟んで対岸に位置する岩山の景観は、一幅の絵のように美しい。 エウスターキオさんとアントラネットさん夫妻は、ともに20代だった1986年にここへ移り住んできた。それまで、この家にはピカソに師事したスペイン人の画家が住んでいたそうだ。2人の先祖はもともとサッシの住人だったので、ここはふるさとみたいなもの。しかし、アントラネットさんは来たばかりのころをこう述懐する。 「電気もなければ水道もガスもない。どうやって生活するのって、途方に暮れましたよ」 それが、いまではライフラインもととのい、快適な住環境となった。しかも、住まいとは別に何部屋かを改装した宿は、その名も「カサ・ラマンナ(天の恵みを受けた家)」だ。客室もすべて見せてもらったが、広くてきれい。四つ星クラスのホテルに匹敵するといってもいい。 「洞窟ですから、夏涼しく、冬暖かいですよ」 と、エウスターキオさんは自慢げに語った。 見学のあと、ランチをごちそうになった。 「まずはお祖父さんのワインをどうぞ」 といいながら、アントラネットさんがボトルを開ける。彼女のお祖父さんは、郊外でワイナリーを営んでいるという。コクのあるすばらしい味だ。そして自家製のパスタ。マテーラは小麦の産地だから、おいしいのは当たり前。さらに、これも自家製のオリーブの実の塩漬け。あとを引くうまさだ。料理に使われているオリーブ油も上等だし、野菜も新鮮。確かに、古い資料にある昔のサッシの暮らしとは比較にならないようだ。 一人娘のマリアンナちゃんは初等学校に入ったばかりだから、昼には帰宅する。ランチのあと、折り紙のペンギンとツルを見せてくれた。日本人観光客から折り方を教わったとか。彼女の成長とともに、ここでの暮らしはいまよりもっと便利になっていくことだろう。 ![]() ![]() ![]()
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