ヴァレッタ市街
マルタ共和国 1980年に文化遺産として登録  高橋知子/文・写真

 イタリアの南、アフリカ大陸の北、イスラーム文化圏にも近い地中海の中央に浮かぶ小さな島国、マルタ共和国。地中海の十字路という絶好の地に位置するマルタは、数々の歴史の舞台となってきました。その首都であるヴァレッタは街全体が世界遺産。街中どこを歩いていても幾重にも積み重なった歴史の重みを感じられ、ここでしか味わうことのできない独特の雰囲気を味わえるオススメのスポットです。
 美しく透き通る青い海。そこに突き出した石造りの建築物からは、この街が戦いの街であった面影を感じ取れます。マルタを訪れるなら、キリスト教の歴史、そしてここを本拠地とした聖マルタ騎士団を知っておくと旅の楽しさが増すこと間違いなしです。

 11世紀ごろ、ローマ・カトリックのキリスト教は西欧に広く普及し、信仰心の厚い人々は聖地エルサレムを目指し巡礼の旅に出ました。しかし、11世紀後半にイスラームのセルジューク朝が領土を拡大、1077年にエルサレムを占領したのを機に、ローマ教皇は聖地エルサレム奪還を呼びかけ、集まった西欧の王侯や騎士たちが1096年、第1回十字軍を編成しエルサレム奪還を目指しました。こうした十字軍の遠征は、その後200年近くの間に7回行われ、キリスト教とイスラームは激しい衝突を繰り返したのでした。(イスラームにとっては聖戦・ジハード)
 当初、キリスト教巡礼者の保護のために病院を設立し、結成された聖ヨハネ騎士団は、イスラームとの攻防において次第に軍事的な役割も果たすようになっていきます。攻防の中で本拠地をエルサレムからロードス島へと移しますが、1522年にオスマントルコの大軍に敗れ、ロードス島を撤退した騎士団は神聖ローマ皇帝により新たな土地を与えられます。それがマルタ島でした。彼ら「マルタ騎士団」は海賊集団としての側面も兼ね備えながら次第に地中海にその名を知られるようになっていったのです。
 
ヴァレッタという街の名前はオスマン帝国からの防衛に成功した聖マルタ騎士団の総長ジャン・ド・ヴァレットにちなみ命名されています。
 聖ヨハネ大聖堂は1577年築。床一面には畳1畳弱の色鮮やかな細工の大理石が約400も敷き詰められています。それらが騎士たちの墓碑と知ると厳かな気持ちになります。また、この街に逃れてきた画家カラバッジォの作品も飾られています。
 聖ヨハネ病院独立騎士修道会 (The Knights Hospitallers)では医療面の騎士団の活動を見ることができますが、ひとりで行くとその広さと静寂さに圧倒され、飾られた負傷者のマネキンの効果もあり恐怖さえ感じました。
 今なお世界中で続く宗教対立。ヴァレッタの街をを歩きながら想いを巡らすのも良いかも知れません。