マチュ・ピチュの歴史保護区
(ペルー) 1983年に複合遺産として登録 中嶋芳子/文・写真

いちばんのビューポイントから遺跡全体を見下ろす。後方はワイナ・ピチュ山
 ここはペルーのインカ帝国時代の古都クスコ。今は雨季だが、青空の広がる気持ちのよい朝を迎えた。
 午前9時過ぎ、増水し茶色く濁ったアマゾン河の源流ウルバンバ川を左手に、ブエナビスタ号は、一路マチュ・ピチュ(老いた峰の意)へと出発した。車両の上部がガラス張りなので、白い雲が浮かんでいるのが目に飛び込んでくる。
 オリヤンタイタンボ駅から緑濃いウルバンバ渓谷を約1時間半、狭軌の線路に揺られて麓の駅(標高2000m)へと到着した。さらに、400m上のマチュ・ピチュの尾根に広がる謎の空中都市は、まだここからは見えない。
 遺跡の発見者の名を付けたハイラム・ビンガム・ロードをジグザグと30分ほどシャトルバスで登ると、遺跡の入り口へ着いた。
 ずいぶん前に1度だけだが、バスの運転手たちのストに遭遇し、大変な思いをして、くねくね道を登ったことを思い出した。途中から近道だと教えられ、いつもはインディオの男の子たちが垂直に走って降り、チップをもらうインカ道を、私たち旅行者も息を切らしながら急勾配を登った。とにもかくにも、歩いて登らないと遺跡へたどり着けないので必死に登りきったことを。
 今回は15年ぶりの訪問になるが、これが最後、もう訪れることはないだろうとの思いで、バスを降りた。1980年代から訪れてきたが、何度来ても毎回新しい発見があり、ワクワクする。その時々、地元のガイドさんたちが色々と説明してくれるので、興味がつきない。でも、人によって違ったり、今まで聞いたこともない新説を聞かされたこともあった。
 近年は考古学上の発見があり、研究者たちが諸説を発表しているので、どのような新説があるのかを楽しみにしてきた。そして、昔の住民たちが不思議な風景をたくさんつくり出しているそうなので、それらも見つけたいと思う。
 前回は遺跡の入り口にあるサンクチャリ・ロッジに1泊し、フレンチのコース料理の夕食を楽しみ、翌朝はワイナ・ビチュ山(若い峰の意)へ登った。かなりハードな登山道だったが、別な角度から遺跡を眺めることができ、忘れられない経験となった。今回は、ビュッフェスタイルの昼食のみの利用で、約4時間の遺跡見学へと出発した。
 高低差のある遺跡へ入ると、自然な勾配を利用した段々畑アンデネスが目の前に広がっている。東向きなので太陽光をたっぷりと浴び、人々の食料として主食のトウモロコシやジャガイモ、キヌアなどが栽培されたそう。気候は、雨が多く年間降水量は2000㎜以上。水源を見つけて飲料水を確保し、さらに雨水をコントロールして階段状の水路が17カ所も張り巡らされていて、今も水が流れ落ちている音が聞こえる。
 見学ルートは、特に決まっていないが、市街地入り口の石組みの正門が不思議な風景の1つ目で、奥に見えるワイナ・ビチュ山が額縁の中にスッポリと収まるように見えるのである。
 高い位の人々の地域に入ったとき、たまたま前を通った自生の植物を集めた「ミニ植物園」で、数種類のランの花を見ることができた。「太陽の神殿」「王女の宮殿」「石切場」。ここには、本来は地中深くにあるはずの花崗岩がゴロゴロあり、アンデス山脈が形成されたときに押し上げられた造山運動による地球からの贈り物が、マチュ・ピチュの頂にあるということだそう。自然にある建材を上手に利用したインカの人々の叡智。それから、神聖な広場の「3つの窓の神殿」「日時計インティワタナ」など中央広場をはさんで左側を見て回り、およそ二時間が経過。中央広場では、リャマがのんびりと草を食んでいるのが遠目に見える。十頭以上がすみついているようだが、以前はパンチョと名の付いた人気者のオスがいた。今はどれも名前がない。
 前回はかなり上の方にあるインカ道から続く「太陽の門」まで登ったが、今回は体力的に厳しかったのでそこまでは行かれなかった。でも、遺跡全体とワイナ・ピチュ山やアンデスの山並みが一望できる眺めの良い高台へは登った。幸いにも晴れていたので、素晴らしいマチュピチュの全景が眼下に広がっているのを見ることができた。実は15年前の前回は、課外授業ということで、私のスペイン語の教え子たちやその父親と訪れたので、そのときの光景が蘇り感慨深かった。
 最も高い場所にある「日時計」あたりで、突然に土砂降りのスコールがきた。急いでレインコートを着て、石の階段を降り、藁葺き屋根の小屋ワイラナまで走って雨宿り。復元され向かい合わせに建っている2棟の小屋には、いつの間にか大勢の観光客が集まってきていた。マチュ・ピチュは景色が目まぐるしく変わる。深い霧の中に隠れたり、太陽が顔を出してきて、霧の魔法が解けたりと。
 以前に、霧で何も見えなくなったときのことを思い出した。ベテランのガイドが「ちよっと待って、ボクがこの霧を晴らせてみせるから」と、手の平を上にしてフッと息を吹きかけた。なんともウイットにとんだそのしぐさに、みんなで思わず笑ってしまった。もちろん霧は晴れなかったけれど、霧に煙るマチュ・ピチュも墨絵のような風情があり、よいものだと思わせてくれた。
 雨も小降りになってきたので、見学を再開。中央広場を右手にして居住区へと入って行く。技術者用の大きな「3つの入り口の家」、2つの石臼型の「天体観測の石」、幅広の滑り台のような「聖なる石」、羽ばたく姿と嘴を思わせる「コンドルの神殿」。前にインカの3つの掟(盗むな。嘘をつくな。怠けるな)を破った罪人の牢屋跡だと聞いたことがあるが、今回はその説明がなかった。
 雨に打たれながらも、くまなく遺跡全体を見て回った。子ども連れのペルー人ファミリーたちと言葉を交わし、記念写真を撮ったりしていたら、アッという間に4時間が過ぎた。
 改めて思う。同じ場所を何度訪れても毎回違うのだと。新しい発見と感動、そしてたくさんの想い出ができるのだということを。私のマチュ・ピチュの訪問は今回で18回目だった。
正面入り口  遺跡内でペルー人ファミリーと インディオのファミリーとマチュ・ピチュの村