
倉本知明著 春秋社 2025年4月刊
台湾文学を専攻した著者が台湾南部に住むことになったのは、成り行きかはたまた決意の結果か。冒頭から文学性を帯びた台湾の歴史、民俗、文学、言語に深い愛を感じる文章が走り出す感じがする。高雄、台南、屏東、台東、墾丁などの台湾南部をバイクで走りながら、著者の知る多彩な台湾原住民の地域と暮らしと文化を、思い出し、語るモノローグの旅が続く。
登場するのは原住民だけでなく、大陸からいくつもの波のように出稼ぎ・移民・難民として移ってきた華人たち。それだけで台湾語、福建語、客家語、北京官話など言語がいくつも溢れるのに、原住民の数多の言葉、そして遠方からの侵略者、オランダ人、日本人が重なってくる。
そして一貫して地元台湾南部への優しい眼差しと深い知識がほとばしる流麗な文章が綴るのは、地元の伝記、伝説、言い伝え、そしてオランダ人、琉球人、日本人とのすれ違いや交流や争いだ。タイトルが「奇譚」というにふさわしい、台湾南部に関する非常に深く広い知識が読者を引き込む。そして、奇譚だけに耽るわけではなく、大学教員としての台湾学生との会話が現代台湾の際どい立ち位置を想い起こさせる。この本で台湾南部の旅ガイドにはならないけれど、土地に根付く精霊を感じるような気分になる、旅先を愛でるような作品だと思う。