島田雅彦著 早川書房 2024年2月刊
著者は1961年生まれの小説家。芥川賞こそ何度も候補に挙がりながら受賞を逃したが、泉鏡花文学賞、伊藤整文学賞、毎日出版文化賞、読売文学賞、さらには紫綬褒章まで受けている現代日本文学を代表する作家。その著者が、書斎を飛び出し、街を歩きながら、文学、思想、人類史、自然学、地理学などを考察したエッセイとくれば、つまらないはずがない。小著ながら、実に内容の濃い一冊だ。
散歩の場所は、ヴェネチアの魚市場、新橋の酒屋の立ち飲みから、十条、池袋、髙田馬場、阿佐ヶ谷、神田、町田から秋田、屋久島の山まで多岐にわたる。散歩とは何かという定義を考えたりする第3章までの前半は理屈が多くやや堅苦しいが、具体的な散歩の始まる第4章以降は、実際に著者が土地を歩いてまとめたエッセイなので、臨場感や気づきもあり、なかなか楽しい。
とにかく基礎的な教養や知識が深いので、文化や地域を語っても通りいっぺんの感想ではなく、考察や哲学がある。単なる記録やグルメの旅エッセイとは根本的に異なる知的な散歩旅エッセイとでも言えようか。著者はすでに一家を成している書き手ではあるが、こうしたフィールドワーク的な書籍は珍しく一読の価値はある。