鈴木裕子著 産業編集センター 2023年3月刊
保育園の給食のおばちゃんから、在モンゴル日本国大使館公邸料理人になったという著者。プロフィール紹介はシンプルだが、実は日本、西洋、中国、すし、給食用特殊、めん類に分かれる専門調理師実技技能士の国家資格を持つ人物だ。本書では、そんな著者の博識と確かな観察眼、社交的な性格から引き出された興味深い経験談が豊富に語られる。ぐいぐい引き込まれ、一気に読める楽しい本となっている。
モンゴルの食材や調理法については、日本との違いがあまりに大きく、そこを掘り下げた詳しい説明は面白い。大豆一つ取っても、品種改良を重ねて均質で調理しやすい日本のものに比べて、モンゴルの大豆は、色、大きさ、堅さが千差万別で料理人泣かせ。その原因は、不意の豪雨、乾燥した気候、荒れた土壌の中で、適者生存のためと推測している。
モンゴルの人たちは羊の命を絶つ時に地面に血を一滴も流さないと述べた部分(p22)では、遊牧民が奪う生き物の命と、その行為によって頂く自分たちの命に対する彼らの行為の神聖さを活写する。そのほか、馬やラクダのユニークな生態、木のほとんど無い砂漠で遠目にも奇怪な姿勢で立って羽を休める猛禽類の群れの奇観、野良犬とオオカミが徒党を組んで行動する恐怖など、初めて知る興味深い話題が満載の書。