チリ 1995年に文化遺産として登録
中嶋芳子/文・写真
10月末の島の季節は春。気温20℃~25℃。色とりどりのハイビスカスなどたくさんの花が咲き、新緑が目に鮮やか。風に乗って島独特の下草の甘い匂いが漂ってくる。
朝10時から夕方まで、島の各地に点在するモアイ像を見て廻るはずだったが、夜来の雨で予定を変更。平屋建ての博物館で日本語版解説リストを手に、発掘時に見つかった白サンゴで造られた「モアイの目」や珍しい「女性のモアイ像」など約15,000点にも及ぶ展示品やパネルをじっくりと見て予備知識を得る。
三角形の火山島ラパ・ヌイには、900体の凝灰岩のモアイ像があり、復元されているのは僅か39体。18世紀中ごろに、長耳族と短耳族の部族間による抗争「モアイ倒し戦争」で、うつ伏せに倒されたままのモアイ達。海を背に石組みの祭壇アフの上に復元され並ぶモアイ。唯一、内陸に海の彼方を眺めて立つ7体の使者モアイ。石切り場に残された製造途中の巨大なモアイ。体が地中に埋もれた状態の黙して語らずのモアイ。そして1995年に復元された圧巻の15体のモアイなど。砂浜に埋まっていたのは保存状態が良いが多くは風化浸食が進んでいる。造られたのは800年~1800年ごろ、年代により顔の表情も体の大きさも異なる。
大海原に囲まれた島を、雨に煙る日も真っ青な空と白い雲の浮ぶ夏日も4WD車に揺られ、キラキラと光かがやく海岸線を駆け巡ってモアイ達に会いに行った。島の人々の中には、先祖を崇拝する神聖な場なので、これ以上復元してほしくないとの思いもあるようだ。確かに、訪れる私達にも畏敬の念を感じさせる。以前は、アフの上に登りモアイ像に触ったりと、すぐ側まで立ち入る事ができたが、今は一定の距離を置き、遺跡保護に協力しての見学となる。モアイ像がどのように運ばれたかは諸説あり、未だ解明されていない。ガイドのアメリカ人のクリスは、在野の研究者でもあり、新説を唱えて来年に学会で論文を発表するそう。
島の人口は4000人~8000人、アバウトで細かいことは気にしないようだ。今年の春に5年毎の国勢調査が行われたが、結果はまだ出ていない。プチホテルの若いオーナー夫妻、カフェや土産物店のセニョーラ達、呼べばすぐ来るタクシーのドライバー。皆おおらかで気の良い人達。観光客は年間10万人、中にはのんびりしたイースター島が気に入り、そのまま残ったり島の人と結婚して住んでいる元旅行者もいる。博物館の解説文を翻訳した公認ガイドの最上氏を含め、10人の日本人も在住。うち8人がガイドを生業としている。
謎だらけのモアイに魅せられて、2017年は6度目の訪問だったが「また行きたい! 行こう! 行く!」と、旅の三段活用が帰国した夜に頭をよぎった。次はダイビングで海中のモアイに会いに行く、別世界への旅もよいかもしれない。