旅と食卓

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河村季里著  角川春樹事務所 2024年12月刊

紀行エッセイの王道を読まされた感がある。著者は若き頃から文筆の世界で活躍し、旅行ガイド編集会社の経営者・ライターとしても活躍した人物。1944年生まれ。80歳を超えて、これだけ瑞々しい文章が書けるのはお見事の一言。

本書は6年ぶりに訪れたフランスでの旅の記録を、おもに食の探求と画家の軌跡をたどる内容でまとめたもの。時おり、著者の若き頃の記憶がカットバック的に挿入される。そのイメージの切り替えが呆れるほどうまい。並の書き手なら木に竹を接ぐような不自然さが残るものだが、読んでいてそんな違和感は何処にもない。さすがだ。これはひとえに著者の文章力の高さによるものだろう。

料理の記述も驚くほどレベルが高い。本書を読めば、YouTubeやブログをまとめただけの本と、本物の紀行エッセイとの差を実感するだろう。たとえば、仔羊のローストを食べる本書78ページの文章の豊かさは尋常のレベルではない。

「味蕾をすっかり肉とソースに預け、四切れ五切れ。舌が歓喜して上げる叫びを聴きながら時間をかけて味わい、一呼吸し芽キャベツを半分に切る。口のなかで合わせると、清楚だが芯のあるほろ苦さが肉の突進をなだめる。両者のせめぎ合いが絶妙のバランスをとり、旨味がいっそう増してうっとりするが、しかしいつしかそれも崩れ、仔羊が四肢をひろげて芽キャベツを組み敷いている。」

キザな部分がハナにつく箇所や、料理をすべて女性にたとえる開高健風な臭みもあるが、それも著者の個性の一つだろう。