世界中で言葉のかけらを

山本冴里著 筑摩書房 2023年10月刊

20年以上国内外で教えてきた日本語教師が複言語能力の意義を問い続け、自らも多言語習得を実践し、中国・雲南省、セルビア、フランス、ブルガリア、ハンガリー、エストニアなど、世界各地を旅する。とはいえ、この本の全体像は紀行文と単純に括れるものではない。

36頁を費やした第1章は、旅の話ではなく、日本語教育の現場からの報告となっている。例えば、小学低学年程度の日本語の能力とその遙か上を行く年齢相当の知識、教養とのギャップ、自国語の日本語と違う構造、発想法などから外国人が苦心して紡ぎ出す日本語の面白さを教えてくれる。

中盤は、海外での経験を中心に、著者が出会ったユニークな人物を紹介する。日本語学習の動機に「おばあちゃんと話したいから」と言う台湾人留学生、シントー(神道)に関心を示すブルターニュのカトリーヌ、外語大でひょんなことからハンガリー語を学ぶことになり現地で結婚、絵本の日本語訳を手がける女性など。また、随所に比較言語、比較文化の随想、論考もあって興味深い。

パリとは思えない薄汚いバスターミナルから東欧に向かう夜行バスに乗車。車内の飲めや歌えの騒ぎは、映画「タイタニック」の船倉での労働者の宴会を思い起こさせる。中国雲南省で、大晦日に見知らぬ筆者を宴席に招待する人々。休める場所の情報を問う疲れ切った筆者に自宅を提供してくれた、ブルガリアのソフィアの案内所の女性。紀行文の部分も、普通の旅行者ではなかなか味わえない体験が確かな筆致で描写されている。