鉄道と愛国

吉岡桂子著 岩波書店 2023年7月刊

著者は1964年生まれの朝日新聞記者。本書は30年近くに渡り、日本の新幹線技術の輸出商戦の舞台裏を取材してきた著者が、中国だけでなく、アジアからハンガリーまで世界各地の鉄道に乗り、人に会って、鉄道建設の意味と存在価値を考察した、あまり類例のない書である。

鉄道の建設や鉄道技術の輸出は、国威の発揚や権益につながる面が強い。明治日本の鉄道もイギリスの技術と資金援助によって生まれたし、戦前の南満州鉄道も政治と無関係ではなかった。新幹線は戦後日本の技術の象徴であり、その輸出は日本人の夢でありプライドでもあった。その技術を吸収し急速に成長したのが中国の高速鉄道だ。日中が世界各国で競う高速鉄道商戦は、結果として、両国のナショナリズムを刺激することとなる。そのあたりを取材したのが第一部(「海を渡る新幹線」)。 一方、第二部は取材先を世界に広げ、ベトナム、ラオス、タイ、マレーシア、インドネシア、インド、韓国、香港からハンガリーまで、実際に現地まで出向き、鉄道の建設とそれにからむ各国の思惑や事情を取材している。その結果、見えてきたのは、鉄道建設とはきわめて政治的なマターであり、単に技術や地理的な問題だけではないという実態だ。書名はそのあたりの背景を意識して付けられているのだろう。重いテーマを持った本だが、著者はかなりの鉄道好きと見受けられ、楽しんで鉄道に乗っている様子もよくわかる。鉄道ルポとして読んでも興味深い一冊。