地霊を訪ねる

猪木武徳著 筑摩書房 2023年1月刊

著者は著名な経済学者。2年半にわたり、日本の地方の鉱山跡を歩きまわった旅のメモを雑誌に連載したものに加筆して書籍化した。全27章からなり各章10ページ程度の構成になっている。「忘れ去られそうなところ」に目を注ぎ、日本の近代化とはどんな姿だったかを意識して述べている。

学者の書いたものだけあって、きちんとした内容の本。最初に本書で訪れた鉱山の地図があり、北海道から九州までの「炭鉱」、「炭田」、「鉱山」、「金山」、「銀山」、「銅山」を偏りなく訪れていることがわかる。普通の観光では行かない場所が多く興味深い。

これらの場所は近代日本の工業化の担い手として一度は賑わい、その産業の衰退と共に変貌し、今に至る所が多い。著者はそこに「地霊」を見る。著者の「地霊」の定義は「社会風土あるいは習俗」として、その土地に沁み込んだ今は亡き人の思いの堆積から発せられる無音の声。この本はそういった「地霊」を訪ねる旅でもある。 著者の説く「学問は足でも行う」や「本を読め、人にあえ、旅をしろ」という考えには好感が持てる。ただ、本書は旅のお供に気軽に読めるわけではなく、きわめて内容の濃い本である。ひと言で言えば、碩学の記したノーブルで重厚な紀行文。