グランド・キャニオン国立公園

アメリカ合衆国 1979年に自然遺産として登録 

山田恒一郎/文・写真

 その巨大なパノラマは、突然、私の目の前に現れた。米国アリゾナ州大乾燥地帯を北上するルート64の最北端で車を止めて、さらに数十歩前に進むと、すでに私は、巨大な地溝の崖っぷち、グランド・キャニオンのサウス・リム(南壁)に立っていた。切り裂かれた大地の奥底を経て、はるか彼方に対岸の絶壁ノース・リムを見晴るかす大峡谷には、スフィンクス、オベリスク、ピラミッドなどの呼称の岩峰が無数にそそり立つ。一点の緑も生物も見当たらない、無機質で荒々しい大地の裂け目は、私を太古の地球に引きずり込ませてしまった。
 グランド・キャニオン(延長446㎞、幅6.29㎞、最大深さ1800m)の形成について、先住民のファラパイ族は、崇拝する英雄ハッキサーウィが大洪水から彼らを救うため、大地を引き裂いて洪水を流し去ったという神話を伝える。現代の科学者でさえ、この大峡谷の成因は大規模な地殻変動によると考えたことがある。しかし、グランド・キャニオンの本当の創造主は、ロッキー山脈からカリフォルニア湾に抜けるコロラド川の浸食作用だった。

今からおよそ6500万年前、コロラド高原の南のカイバブ大地とココニノ大地が隆起を始めた。ロッキー山脈に源流を持つコロラド川の流れは、大地の隆起によって勾配を増し、流速を速め、遂には奔流と化して大地を容赦なく削り取った。この浸食作用の結果、今日の大峡谷が出現したのだという。河川浸食によって顕れた古代の地層には、20億年前のものさえ見つかる。静寂なキャニオンの谷底に耳を澄ませば、今しも太古の大地の息吹が聞こえて来そうだ。
グランド・キャニオンを皮切りに、私は何かに憑り付かれたように、コロラド大峡谷の奥へ奥へと車を走らせた。コロラド川支流のヴァージン川流域では、風雪雨が軟質岩を削り取って創った奇怪な峡谷に迷い込んだ。ブライス・キャニオンと名付けられたその渓谷は、さながら五百羅漢を見るようだ。さらに奥へと進む。コロラド川が上流でグリーン川と分岐する地点で、大蛇が地上をのたうち回っているような、メガ・スケースの彫刻大地に遭遇した。赤茶けた平らな半砂漠地帯を2つの河川が縦横無尽に流れ下って創り上げたキャニオンランズ。この世のものとは思えない。米国西部の大峡谷地帯をどこまでも車で突き進む私は、宇宙の果て、惑星旅行の疑似体験者になった。(写真は2000年に撮影)

この記事を書いた人

山田恒一郎

山田恒一郎

1948年東京都生まれ。マサチューセツ工科大学大学院(交通経済学修士)。
国土交通省に勤務、国内/国際両業務を歴任。退職後2004年から2019年までパリに移住。ヨーロッパ、中東、北アフリカを対象に旅行ジャーナリストとして活動。パリ・マラソン、メドック・ワイン・マラソンの連続10回フィニッシャー。フランスのトップシェフとの交流を深める。現在、(有)山田総合企画取締役。
主な著書に
「世界のウォーターフロント」(沖縄総合事務局監修)
「English Gardens and Flowers」(大修館書店、英語教育誌12回連載)
「世界紀行」(潮出版社、潮誌連載)など多数。