ラリベラの岩窟教会群

エチオピア 1978年に文化遺産として登録 

鈴木一吉/文・写真

 朝日の昇り始めた午前6時半ごろ。巨岩を掘り下げて造ったベテ・ギョルギア(聖ゲオルギウス教会)を見下ろすように、岩窟教会の周りには白い衣類で身を包んだ多くの村人達の祈る姿があった。
 エチオピアの首都アジスアベバから、小型のプロペラ機で1時間ほどにあるラリベラは、4000m級の高峰を抱く山脈の麓にある標高2600mの大きな村。4世紀半ばのエザナ王の時代にキリスト教に改宗したエチオピアに、このラリベラの岩窟教会群が造られたのは、ザグヴェ朝の第7代国王として、ゲブレ・メスケル・ラリベラが就任した12世紀初めから13世にかけてと推測されている。

 当時は、ザクヴェ朝の動乱期だったことや、イスラム勢力がエレサレム王国(イスラエル)の地を席巻していたこともあり、聖地エレサレムへの巡礼が不可能であった。そこで、ラリベラ王は、エレサレムにあるさまざまな建造物をこの地にも建てることを決心し、まず、自分の住む村を流れる急流の両岸にこうした建造物を建て、しかも、急流の名をヨルダン川と名付けたのだ。
 こうして、ヨルダン川を挟んで、大きく北と東のグループ分けられて岩窟教会群が建造され、さらに西側の離れた位置に建造されたのが、保存状態が最も良く写真などでも良く目にする、ギリシャ正教会の十字架をかたどったベテ・ギョルギア(聖ゲオルギウス教会)である。一枚岩の岩で、水平な岩に平行四辺型の溝を深く掘り、建物全体を浮き出すようにしてから、建物の外部と屋根に彫刻を施し、さらに、内部や窓などを仕上げたものだ。
 川の北側に掘り下げらた教会群には、最初に建造されたと考えられているベテ・マリアム(聖マリア教会)、ベテ・マドハネ・アレム(聖救世主教会)、ラリベラ王の墓ともいわれるベテ・ゴルゴタ(聖ゴルゴタ教会)、ベテ・ミカエル(聖ミカエル教会)、ベテ・セラシエ・チャペル(セラシエ礼拝堂)、ベテ・ダメヘレ(聖処女教会)の6か所。
 また、東のグループは、垂直な絶壁に正面部を掘り刻み、その後に地下室を掘る要領で建物を掘り抜いた典型的な教会で、ラリベラの王妃マスカル・クベラが天使たちを使って一夜で造ったという伝説のある、ベテ・アバ・リバノス(聖アバ・リバノス教会)や、ベテ・アヌエル(聖エマヌエル教会)、ベテ・マルコリオス(聖マルコリオス教会)、ベテ・ガブリエル(聖ガブリエル教会)、ベテ・ラファエル(聖ラファエル教会)の4か所である。
(写真は2001年に撮影)

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