(アメリカ合衆国) 1984年に自然遺産として登録
八重野充弘/文・写真
ヨセミテ渓谷は、アメリカ合衆国カリフォルニア州の中央部に位置する。1864年に州立公園に指定されたのを皮切りに、1890年には国立公園となり、1984年、世界自然遺産に登録された。もともとはネイティブアメリカンの居住地で、白人が入ってきたころ、渓谷に住んでいた一族の力を、対立する他の部族が恐れ、「殺し屋たち」という意味の「ヨセミテ」と呼んでいたことから、その名がつけられたのだという。
国立公園の総面積は3081平方キロ。東京都のおよそ1.4倍もある。標高600mから4000mの、ほとんどが固い花崗岩に覆われた大地には、ジャイアントセコイアをはじめ、1000種類をはるかに超える多様な植物が繁茂し、稀少種も多い。そして、アメリカグマやアライグマなどの哺乳類が約100種、鳥類が約200種生息している。ただし、人々が観光で訪れるのは渓谷を中心とするごくわずかなエリアだけで、全体の1%にも満たない。観光名所としては、ロッククライミングのスポットとして世界的に有名なエル・キャピタン、トンネル・ビューポイントから眺めるブライダルベール滝など。
私がヨセミテを訪ねたのは1998年のことだった。高校生の研修旅行の引率者として、シリコンバレーを見学後に、純粋に観光目的で当地へ向かった。サンフランシスコからバスで3時間半、日本では絶対に見ることのできない、圧倒的なスケールの自然美に感動の連続だったが、個人的にはもう一つ見たいものがあった。それは19世紀半ばに起こったカリフォルニアのゴールドラッシュの痕跡だ。シエラネバダの金産出地帯は、ヨセミテ国立公園と重なる部分が多い、サンフランシスコが大都市になるきっかけとなったのが、かのゴールドラッシュ。1846年当時は人口たった200人の小さな港町が、52年には36000人までふくれあがるほど、黄金の魔力はすさまじかった。そして、最初は素朴な選鉱鍋程度で十分に利益が上がっていたが、だんだんと大がかりになっていったというから、当時のものが何か残っていても不思議はないと、バスの中からキョロキョロ見回していると、ちょうど休憩地でもあったエリア内最大の町マリポサにそれはあった。蒸気機関を動力とする巨大なドレッジャー(浚渫機)だ。川底の土砂をこれで一気にさらって、砂金を取り出したのだろう。(なるほどねえ) ゴールドラッシュが10数年しか続かなかったわけがわかったような気がした。
サンフランシスコ、ヨセミテ間の平原は世界有数のフルーツの生産地でもある。もちろんそれも頭に入っていたので、帰り道、大規模な直売所でプラムとアプリコットのドライフルーツを大量に買い込んだ。