Saito Shigeta Award Vol.4
第4回斎藤茂太賞

第4回斎藤茂太賞授賞式開催

 一般社団法人日本旅行作家協会(会長/下重暁子・会員数202人)は、創立会長の故・斎藤茂太氏(作家・精神科医)の功績をたたえ、またその志を引き継ぐため、氏の生誕100年、没後10年にあたる2016年、旅にかかわる優れた著作を表彰する「斎藤茂太賞」を創設しました。
 第4回の今年は、2018年に出版された紀行・旅行記、旅に関するエッセイ及びノンフィクション作品を対象とし、会員による数次の選考を経て、去る2019年5月28日、下重暁子(作家)、椎名誠(作家)、芦原伸(紀行作家・元SINRA編集長)、種村国夫(イラストレーター・エッセイスト)の4氏によって最終選考が行われ、たかはたゆきこ著の『おでかけは最高のリハビリ! 要介護5の母とウィーンを旅する』(雷鳥社)が受賞作に選ばれました。
 介護と旅を結びつけた現代的なテーマが話題を呼び、7月25日に日本プレスセンター内のレストランアラスカで行われた授賞式には、著者のたかはたゆきこさんとともに、作品に登場するお母様の浩美さんが車椅子で出席して賞の授与を間近で見届け、会場を埋める大勢の会員からお二人に祝福の拍手がおくられました。また、バイオリンの先生だった浩美さんのために、特別ゲストの西垣恵弾さんが「G線上のアリア」の原曲を披露、オーストリア政府観光局の福田明子さんもお祝いに駆けつけるなど、たいへん賑やかな授賞式となりました。(写真:戸川覚)

斎藤茂太賞の正賞は賞状とクリスタルの盾、賞金30万円。今回も、サントリーホールディングス(株)、(株)ウッドワン、大日本印刷(株)、(株)ワールド航空サービスに協賛いただきました。心より感謝いたします。

第4回斎藤茂太賞受賞作

おでかけは最高のリハビリ!
要介護5の母とウィーンを旅する

たかはたゆきこ:著(雷鳥社)

――これは夢じゃない、計画なんだ!
脳出血に倒れ要介護5になった母と、40代独身無職の著者が「人生を楽しむ」をモットーに音楽の都ウィーンをめざした怒濤の3年間。(「BOOK」データベースより) 

第4回斎藤茂太賞最終候補作

『いのりの海へ ― 出会いと発見 大人の旅』渡辺憲司(婦人之友社)
『おでかけは最高のリハビリ! 要介護5の母とウィーンを旅する』たかはたゆきこ(雷鳥社)
『深夜航路 午前0時からはじまる船旅』(清水浩史草思社)

また、今回より斎藤茂太賞受賞作以外の優れた作品を「第1回旅の良書」に選定、授賞式の最後に以下の10冊を発表しました。

選評

下重 暁子
作家
日本旅行作家協会会長

介護にも夢が感じられる。今の時代を切り取った作品

 今年も最終選考に3作品が残ったが、旅というものをどうとらえるかによって、評価がまったく違ってくる。『いのりの海へ』は、最も紀行文らしい、お手本のような作品に仕上がっているが、まとまりすぎていて面白味に欠ける。面白さでいえば『深夜航路』が勝っているし、あまり知られていないような新しい情報も詰まっている。しかし、残念なことにガイド的な記述に終わっていて、船内ではいろいろなドラマがあるはずなのに、人が描かれていない。
 残ったのが『おでかけは最高のリハビリ』。この作品は人間ドラマそのものである。今の時代、世の女性の多くが介護の問題に直面している。私の身の回りにも、大変な思いをしている人たちがたくさんいる。子育てには夢があるが、介護には夢も希望もないのが普通。ところが、要介護5の母親をウィーンに連れて行くために悪戦苦闘する様子を綴ったこの作品は、夢を感じさせる。旅はリハビリだという新しい視点、そして、今の時代を切り取った作品であることを評価したい。4回目にして初めて女性の受賞者が出たことも喜ばしい。(談)

椎名 誠
作家
日本旅行作家協会名誉会員

作品から旅の様相が激変していることを痛感した

 今回の最終候補作は3作品で、例年よりも大分絞り込んでいた。少々寂しさを感じたが、読んでみるとこの3作品はいずれも旅という大きな人間の行動を基盤にして、それぞれ旅に出る思考もその方法もことごとく異なっているもので、当然ながらその旅行記の顛末も大きく違い、少しも飽きることはなかった。考えてみると、バックパック全盛の頃は、若い人だけができるあてもなく予定期間もはっきりしていないまことに自由な気まま旅の時代だった。そうした旅の自由を第一に掲げていた時代から比べると、今はずいぶん旅の様相が激変していることを痛感した。今この段階では受賞作が決まっているのだが、ここではそれにとらわれず、最終選考に残った三つの旅の話について考えさせられたことを述べていく。
 『深夜航路』は日本にもまだこんなにたくさん深夜に走り回っている大きな貨客船があるということを知って驚くとともに、通常の旅ではまず果たし得ない、目的を非常に明確に持った夜の船旅のありのままを描いていて、企画発想力、そして行動力は群を抜いている。深夜の船だけの話が中心になるので何か途方もない話を読むことができなかったのが残念だ。
 『おでかけは最高のリハビリ!』はまさに現代ならではの旅の世界を描いている。題名のように厳しいのであろう難しい旅を明るく楽しげに過ごした日々が活写されていて感動した。
 『いのりの海へ』は旅の先々の出会いや感動を非常に洗練された無駄のない文章で書き綴り、いたるところで感銘を受けた。

芦原 伸
紀行作家
元「SINRA」編集長
日本旅行作家協会専務理事

「寝たきり」より「おでかけ」というメッセージは勇気と夢を与えてくれる

 紀行文は作者個人の単なる旅の報告書ではない。個性的な印象を読者にどう伝えるか、普遍的な感動をどう表現してゆくかが、作品の優劣の分れ目で、優秀な紀行文がいわゆる一般の“旅日記”とは大いに地平を異にするところである。
 渡辺憲司『いのりの海へ』はそういう意味では、完成された紀行文で、訪れた土地の歴史や人物、風土を巧みに取り入れ、作家の心象を浮き彫りにしており、一編一編が“短編小説”のような完成度を見せてくれた。もし、紀行作家をめざす若者がいれば、お手本とすべき作品である。しかし、その教科書的な、正統派の書きぶりが、逆に強烈な印象を残すことがなく、いわゆる賞作品とはならなかった。円熟した大人の旅であり、流れるような文章は心地良いが、一方で“収まりすぎた”という感慨を免れなかった。
 清水浩史『深夜航路』は「午前0時からはじまる旅」という副題の通り、意表をつくテーマで、日本でも深夜に出る定期便(フェリー)が、こんなに数多く航行しているとは、旅慣れた評者も知らなかった。北は青函航路から南はトカラ列島まで多岐にわたり、所要時間はわずか15分から20時間までとさまざまだ。筆者はこの深夜の旅をひとり楽しむわけだが、残念ながら平凡な記録文学、ルポルタージュを超えておらず、なぜそこにもっと独創的な思索、あるいは人との出会いなどがなかったか、というストーリー性の欠如が惜しまれた。
 バリアフリーの海外旅行が注目され、世界のツーリズムの潮流にもなっている。たかはたゆきこの『おでかけは最高のリハビリ!』は、重度の障害者(要介護5)の母親を励まし、音楽家だった母親の念願のウィーンにともに出かけるという夢の実現記録だ。紀行文学とはいえず、あくまで生々しいノンフィクション・レポートであるが、この作品のもつ夢の大きさ、一歩一歩やり遂げた作者の心身パワーに圧倒された。「寝たきり」よりも「お出かけ」という強烈なメッセージは、この本を契機として、全国の要介護者に勇気と夢を与えてくれるだろう。

種村 国夫
イラストレーター
クルーズ画伯
日本旅行作家協会常任理事

長寿&介護時代にぴったりの作品。ドキュメンタリー性満載の文章

 最終選考に残った3作を読み終えて、いつものようにピ~ンとくる1冊は? と耳を澄ますと、私の神様が「今年は女性の作家を選びなさい!」と告げたのだった。確かにこの3作の中で、私はたかはたさんの物語にグイグイ引き込まれ、身内に2人の介護者を抱える筆者が、一体どのように難題を克服しながらウイーンまでの旅を続け、無事に帰って来るのか、ハラハラ、ドキドキさせられた。
 私は常日頃から、楽しい旅を続けるには、自分と世の中が常に平和で健康でないと成り立たない! と説いているが、たかはたさんは脳出血で半身不随になった、要介護5の母親を車椅子に乗せ、狭苦しいエコノミーのトイレと格闘しながら、2人共通の望みである音楽の都に向かったのである。行くと決めたら実行に向かって毅然とスタートしないと意味がない! と念じて行動を開始するのは、元気だったころの母親の常に何事にも前向きだった姿に見習うところが大きい。とたかはたさんは書いている。現代は医学や生理学の発達によって、世界的に100歳を超える長寿社会や老人大国化が進んでいる。ケアー技術やロボット介護技術も発達し、多くの老人達が安心して安全に旅行を楽しむ時代がやって来るに違いはないが、令和になったばかりの今はまだ、たかはたさんの手法に見習って旅に出るしか方法はなさそうだ。私は今年の候補3作品の中では、たかはたさんの作品が長寿&介護時代のタイミングにピッタリで、旅行本のドキュメンタリー性を満載した文章に感動したので、「斎藤茂太賞」に推薦した。「斎藤茂太賞」も第4回目を迎えて、やっと初めて女性の受賞者が生まれた。長年、日本旅行作家協会の会長を務め、医師が本業でもあった故・斎藤茂太氏も、たかはたゆきこさんの今回の受賞を喜んでいるに違いない!

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