フランス 1979年に文化遺産として登録、2007年に緩衝地域を拡張登録
鍵和田 昇/文・写真
「遠くからみれば大抵のものは綺麗に見える」とはよく言ったもので、ゴミだらけだと言われた富士山だって、そのシルエットは世界中を魅了し続けているし、たとえば人生が終わったかのような辛い失恋だって、振り返ってみれば甘酸っぱくも大切な青春の思い出になっていることが多かったりする。僕が初めてモネの絵をみたときは、「これのどこが素晴らしいんだ? やっぱり芸術はよく分からない…」なんて思ったものだけど、絵から少し離れて眺めてみれば、思わず息をのむ美しさに見惚れてしまった記憶がある。
そのモネが愛したことで知られるのが、フランスのノルマンディー地方だ。モネが人生の大半を過ごし、彼の代表作『睡蓮』の風景が広がるジヴェルニーや、連作「大聖堂」の舞台となったルーアン、そして印象派の由来ともなった「印象、日の出」が描かれたル・アーブルなど、パリからもアクセスが便利なノルマンディー地方には、モネや印象派にゆかりのある名所が点在している。
しかし、ノルマンディーといって一番に思い出されるのは、なんといってもモン・サン=ミッシェルだろう。ブルターニュ地方との境にあるため、「モン・サン=ミッシェルはノルマンディーに盗られたんだ!」なんて言うブルターニュ人もいるが、モン・サン=ミッシェルはノルマンディーが誇るフランス屈指の人気観光地だ。
「西洋の驚異」と讃えられ、日本人観光客が大挙して押し寄せると聞くと、天邪鬼な僕はどうしても敬遠したくなる衝動に駆られる。しかしいろいろと事情があって、幸か不幸かこれまでに6回ほど行く機会に恵まれた。そして恥ずかしながら、訪れるたびにこの島の虜になっている自分に気づいてしまう。
ご存知の通り、2015年に海洋環境を復元させる大規模な工事が終わり、大潮の日には昔のように完全な島へと戻ることになったモン・サン=ミッシェル。かつてここを目指した巡礼者は、命を落とすことを覚悟で遺書を書いてから出発したというが、この地をまさに聖地たらしめる神々しさは、島を目前にした時ではなく、遠くにそのシルエットを捉えた時だと僕は思う。
サン・マロ湾に突き出た場所にあるモン・サン=ミッシェルは、湾内のあらゆるところからその姿を拝める。カンカルで牡蠣を食べながらみるのもいいし、ここの名物、プレ・サレという羊の放牧風景の向こうに眺めるのもいい。どこであれ、水面の向こうに浮かぶモン・サン=ミッシェルを見るたびに、「あぁ、これは命を賭けてでも訪れる価値があるなぁ」と納得してしまうのだ。
もちろん、島に渡ってじっくりと観光するのもいいのだけれど、やっぱり僕は何事にもよらず、ある程度離れたところから物事をみる方が好きなのかもしれない。